[Guns God & Government 2nd day]2009/08/09 群馬県北群馬郡伊香保町
連合赤軍は、よど号のハイジャック、M作戦による郵便局、銀行襲撃を実施した赤軍派と、毛沢東思想を背景に、交番襲撃を繰り返した革命左派とが共闘、合流して1971年7月に結成された。
榛名山ベースは同年11月に左派メンバーらにより建設を開始。12月、山梨県新倉ベースで軍事訓練を行っていた赤軍、左派メンバーが合流する。この間、先行して榛名ベースへ移動していた指導部の提言により、暴力による総括補助が受け入れられ、革命左派、尾崎が最初の死者となる。
以降、暴力による総括補助、革命の名の下に14名が殺害される。榛名ベースにおいては8名が死亡。遺体は倉渕村十二塚に遺棄された。逃亡者の発生により連合赤軍は迦葉山、妙技ベースを経て浅間山荘へと辿り着く。その間も同様の行為は繰り返された。
と、いうわけで今回は、正真正銘のテロリスト拠点の偵察でありました。
到着した榛名湖は霧に噎び、雰囲気満点です。相変わらずカブでの登りはきっついですな。

場所の特定については、WEB上のサイトの僅かな写真、テキストを元にするしかありませんでした。関連サイトは山ほどあるんですが、現地情報を含んだものは本当に少ない。手掛かりとなった情報は以下のとおり。
・榛名富士北方、蛇ヶ岳付近の山林内
・付近に河川(恐らくは榛名沼尾川)
・廃温泉「白雲荘」跡地付近
途中山道を行くのは間違いない様子。蛇ヶ岳への山道を進んでみる。途中に車止めのゲートを発見。某サイトでも掲載されているものと合っていそうだ。ゲートを越えて進んでみる。

山道を進むとさらに分岐が。沢に伸びているようなのでこちらを下りて行く。山道はいずれも斜面に面して九十九折になっているが、なんだかやけに開けた場所に。旅館が在ったとすればすくなくとも道には面していそうだし、ある程度は敷地面積もあったろうということで断定。

それでもなんとも確信が持てない。山道はまだまだ下に向かっているので、野営装備だけ置いて偵察に。件のサイト写真に似たような箇所はあるが、どこもかしこも杉林。一先ず写真3の箇所に戻り、夜に備えて仮眠する事にしました。

写真3付近をうろうろ。今回の装備はいつものチェストリグにM4A1、バックパックはHSG製のT.R.A.S.H. Bag Pack。十分な容量で取出しも行いやすく、なかなか優れモノです。こいつの写真も撮ろうと思っていたんですが、目が覚めた頃には危機感が迫ってました。


件の場所は微妙にアンテナが立つものの、疎通は行えない。そんな状況で繰り返し送受信を試みていたようなんですな、携帯電話。起きた頃にはローバッテリです。しかも暗い。まだ17時くらいなのに。迫っていたはずの向かいの山が霧と暗さで見えません。少なくとも通信が行える場所に移動しなくては。少し戻ったところの見通し線が確保できそうな箇所に移動することにします。しかしながら、バキバキに降ってまいりました。
重量装備を背負い、夜間戦闘を踏まえてNV装備。しかも豪雨でズブ濡れとなり、恐らく最高にカッコイイであろう犬上海団の姿は、どうやら現地でしか見れません。写真撮るどこでないんですよ。テント設営時も容赦なく雨は降り注ぎ、テント内に水が溜まってました。排水作業を行い、まんじりともせず一夜を過ごすことに。携帯は完全に沈黙しました。

聞こえるのはテントを叩く雨音、そして虫の羽音だけ。こいつが時折別の何かに聞こえておっかない。辛うじて入手した情報では明日も雨との事。一度だけ幕外にでて写真を撮りましたがこの有様。”変わらないものを 何かにたとえて その度崩れちゃ そいつのせいにする”中島みゆきの唄がリフレインします。

夜が空けました。テントにでんでん虫が張り付いてます。周囲の写真を数枚だけ撮って撤収。


やけに光ってますな、しかも綺麗に三角形。オブジェクティブみたい。NVで見たら明け方の空にすっ飛んで行ったりして。まだまだ止まない雨の中で撤収作業を終え、帰路につきます。これだけの悪天候に関わらず、榛名湖ではアングラーがバス釣ってました。クソ、フライじゃなくてバスロッド持ってくるんだった。
そんなわけで終了した山岳ベース偵察作戦。正解がはっきりしない上に悪天候に見舞われて、それどころでは無くなった顛末としては、いささかパッとしない結果でした。現地で確認した状況と、改めてその他の情報とをつき合わせて考えてみると、もう少し手前で西方でなかったかという感想もあります。
赤軍は榛名ベースを経った後、迦葉山、妙技と移動を続け、最終的に浅間山荘へと到達するわけですが、その遺体についてはまた違った各所に遺棄しています。
具体的な場所に関してもう少し情報が確認できれば、あるいは遺棄現場についても再訪、探索を行って見たいと個人的には考えています。濁流と化して行えなかった釣りを兼ねて。
撮影/文 犬上海団


Comments On This Article
いつも更新楽しみにしています。
悪天候の中ミッションお疲れ様でした。
なんというか、ブレアウィッチを思い出してしまいました。
無事帰還何よりです。
センキューソーマッチ。
ベースの位置はいまいちハッキリしませんでしたし、
総括による死者は榛名以降も発生してます。
また、死体の遺棄現場も複数ありますので、個人的
には継続案件にしたいところですねぇ。
はじめまして、赤軍のアジト関連をネット検索していたら貴サイトにたどり着きました。同様の事を調査されている方の存在に驚きながらも、嬉しくもなりました。
当方、約20年ほど前から研究?しております。
未だ榛名アジト跡地へはたどりつけておりませんが、先日ようやく、アジト建設中に利用していた廃屋鉱泉跡を発見しました。よろしかったらお互い情報交換をいたしませんか?
>>軍曹
小官の認識では、榛名ベース建設地は廃温泉旅館とニアピンと存じています。
レポの結論から言うと、小官が訪れたのはハズレの部類と考えており、これ以上の情報も然程に無いのですが、何かお互いに得るところ在れば幸いです。
上手い言葉が見つかりませんが、情報交換上等です。
すばやいレスありがとうございました。
廃屋温泉跡にたどりついた後、沢に沿って約300m程度下流に歩いたのですが、アジト跡地と思わしき場所は見つけることができませんでした。複数の参考文献記述よると、下流に向かって右側(蛇ヶ岳側)の丘陵部と考えているのですが・・・。
なにかランドマークがあるとよいのですが。
>>軍曹
小官が野営したのはこのあたり。
国土地理院くらいの地図をみると山道があるのをご存知だと思いますが、そこですな。
榛名ベースは退去時に燃やしてますんで、建物があったような形跡は残っていないでしょう。それでもある程度のスペースは在ったと思われますので、空き地か、あるいは比較的若い植林の箇所があればまぁまぁ辺りだと思われますが。
ベースは廃温泉旅館の資材で作ったということなので、温泉跡から大きく離れているとは考えていないのですが。温泉跡の情報を是非頂きたい。
URL貼ってないや。
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=36.483912434104845&lon=138.88383482396864&z=17&mode=map&pointer=on&datum=wgs&fa=ks&home=on&hlat=36.326392849385&hlon=138.88720367849&layout=&ei=utf-8&p=
この辺。
温泉情報
白雲荘(正確には温泉ではなく鉱泉との事)
URL:http://map.goo.ne.jp/mapb.php?MAP=E138.53.0.639N36.28.46.607&ZM=10
国土地理院のうぉっちずがわかりやすいですね。
ゲートを過ぎてすぐに、左側の枯れ沢があり、それに沿って
下ると、さわの本流に交差する。その交差地点に、鉱泉跡が
はっきりと残っています。当時、連合赤軍のメンバーが
時折、川の水を汲んで入ったとされる風呂桶跡もはっきり
残っていますよ。よろしければ写真(JPEG)を送りま
しょうか?
ありがとうございます。
なるほど、自分が行った箇所は川から離れすぎていると思ってましたが、ホントに川べりですねぇ。
風呂桶跡まで残っているとしたら、ほぼソコと見ても良いように思えますね。正解を確認するのが難しいなぁと、自分が行ったときには痛感しました。
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